Essay

2016.1.26

『みつめ入道の正体』松原巌樹

羅臼に泊まった二日目の朝、昨日まで目の前の海岸に広がっていた流氷が見当たらない。

「今朝は標津に移ったよ」宿の主人に聞かされてこちらも移動することにした。風向きに左右されて一夜にして大量の流氷群が移動することは珍しくないと聞く。オホーツク海側に続く白銀の海岸線の美しさに、途中で気が変わり、帰りの迎えを約束して車に別れを告げた。近くに一軒の家があり、程よい木立と枯れ野が広がっている絶景だ。折りたたみ椅子を構えてスケッチブックを取り出しはしたが、寒さに手をポケットに突っ込んだまま、
ただ景色をながめているばかりだ。しばらくたっての事、周囲になにも物音の無い静けさの中にあって背後に何やら妙な気配を感じた。そっと首を後ろに回すと美しい冬毛をまとったキタキツネがじっとこちらを窺っているではないか。餌の乏しい冬場には結構人家の近くに現れるらしい。なんとなく視線を感じたのはこのせいであった。

 ふと、思い出したことがある。20年あまり以前になるが、相模原市教育委員会の依頼で、ふるさとの民話「みつめ入道とあずきとぎおばば」という紙芝居を描いたことがある。

 「夜道でみつめ入道に遭遇する少年の話」と日も落ちかかった時刻、「山のせせらぎで山姥がサラサラと音を立ててあずきを洗う話」の二本立てであった。入道の顔を創作の折に迷わず三つ目玉の大入道のことと思い込んでいたが、台本によればそれは夜道で物陰からじっと見つめる一つ目玉の大入道であった。

es20231211_smn


nul20nul20nul20nul20

Copylight © rilkabi all rights reserved.