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今月のエッセイ

『「バンビ」からはじまった・・・解剖・解体あれこれ』松本晶






幼少の頃、「バンビ」(オーストリアの作家ザルテン原作、後に映画化されたディズニーアニメは映像美は申し分ないが内容がだいぶ単純化されている)が大好きで、 暇さえあればずっとシカなど動物の絵ばかりを描いていましたが、その物語のある意味切ない世界観に幼いながらも感銘を受けたのだと思います。

1970年代、革命前夜のイランイスラム共和国の平和なひととき、4歳の私は路地を流れる小さな下水道の水の色が様々に変化するのを不思議に思い見つめていました。
ある日、きれいに透きとおる赤い水の色に惹かれて上流を目指し歩いて行くと、そこは小高い丘の石畳の広場で、数人のおじさんたちが会話しながら羊を解体していました。
側ではボールかなにかを蹴って遊ぶ子供達がいて、じっと立っていた私を手招きしてくれて、遊んでもらいながら、あぁ、肉はこうやって作ってみんなで食べるんだな (バンビのお母さんも人間に撃たれて食べられたんだな)と素直に実感できたことを覚えています。

1980年代、南アフリカ共和国の雄大な野生動物の世界を知ると同時に、スポーツハンテイングや密猟、家畜と野生・民族と文化の軋轢、人が維持する生態系などの存在を見聞きし、 生きものを生かし殺すことにおける人間の複雑な社会論争に、一時期とても悩んだことがあります。 (小さなバンビたちにとって人間は万能かつ恐怖の対象でしかなかった)

成人してからは、日本固有の野生と文化にあらためて興味を深くし、ついに我慢できなくなって「狩猟」に手を出しました(バンビのお母さんを撃つ側になった)。
ロードキルの解剖とは違い、獲物の解体は常にその命を奪うことから始まります。
苦しませず、美しく、利用部位最大限を念頭に、反撃してくる動物のスキをぬってすばやく殺すことを目指しています。
(バンビは万能ではない人間の存在を少しずつ確認し、成長しながら人間の見方を変えていく)

解剖も解体も、ほぼ同じ種類の刃物を使います。
長期保存したものより死んだ直後のものの方が組織が柔らかいので解体しやすく、まだあたたかい脂肪が刃にまとわりついても水で流せばある程度切れ味は保てます。
ステンレスよりも鋼の方が切れ味は落ちにくいですが、鋼はメンテナンス必須なので野外での解体は専らステンレスを使います。

解剖や解体をする度に、生きたシカのしなやかな体の線が描きたくて何度も鉛筆やペンを紙に走らせ、うまく出来ない自分にカンシャクを起こして泣きながら描いていた幼少の 頃を思い出します。
色を塗ることよりも線をひくことに集中していました。もしかしたら、あの頃から解剖や解体をしたかったのかもしれない・・・。
解剖や解体は、今になって、そんな私に新たな見方を提供してくれました。

私に多くのものを与えてくれた、ザルテンの描く「バンビ」をあらためて読み直しながら、鉛筆とペン、メスとナイフ、単純な道具にもシンプルな愛着がわいてくる今日この頃です。