今月のエッセイ
2011.11.1 『セラピイプランツ』中川一美
アトランタ五輪開催年の初夏、彼とは人を介し簡単なお見合いで出会った。
容姿はほぼ私の理想に近く、話はとんとんと進んだ。
蒸し暑い、時折小雨の降る七夕の午後、
ほんのわずかな身の回りの品を持ち、彼は私のもとへやってきた。
その日の事を私は生涯忘れない。
生活を始めてみると、彼は寡黙でグルメ気取りのため食卓を整えるのに気を使った。
私の良きパートナーとして、日常の悲喜こもごもを共有し、カウンセラーにもなって
くれた。
優しく穏やかな時間を重ねることができた。
蝶の写真を撮るためT動物園の昆虫館を訪れた。
館内の壁面のたくさんの薄紫の花に目を奪われた。
学名、ツンベルギアグランディフローラ。インドベンガル原産の、大型つる性常緑多
年草ヤハズカズラだった。花の大きさは7~8センチほどの五弁の筒状花。
早速取り寄せ植えてみると成長も早く、つるを勢いよく伸ばし、大鉢となった。
出逢いから13年めの秋、漠然と彼が少し痩せてきたように感じた。
私たちは共に極度の病院嫌いで、先端恐怖症の彼は年に一度の健康診断は終日不機嫌
だった。
食欲が落ちてきたことで、どうにか重い腰を上げ受診すると、急を要する症状ではな
いが、腎不全との診断。
私は父を同病で亡くしたため、今後の治療法などに彼が対応できるか心配だった。
医師の言葉とは裏腹に、症状は思わしくない方向に加速した。
ヤハズカズラが数輪咲き始めたころ、一緒に過ごせる時間が僅かであると思い、彼の
ベッドの脇に鉢を取り入れた。
息遣いが気になり、度々筆を止めながらも、出来不出来は別にしての、記念の一枚を
描き始めた。
晩秋、彼はあっけなく旅立ってしまった。
大きな喪失感に押しつぶされそうになりながら、ぼんやりと花を眺める日々を過ごした。
花は連日咲き続け、大切なセラピィプランツ(こんな言葉あるのかしら)になった。
年も改まり、オー・ヘンリーの「最後の一葉」のように、たった一輪だけの日もあったが、
雪の舞う日も絶えることなく、私の気持ちを鎮めてくれた。
一周忌も過ぎ、長い不在にもやっと慣れ、今日こそ彼の遺品の「爪とぎ器」を処分しよう。
ここ数日ヤハズカズラも花数を増してきたようです。