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今月のエッセイ

2009.11.9 「私の趣味」寺田繁


作品のタイトル


 週2回、近所にあるスポーツセンターに通い、水泳を始めてもう20年にもなる。
 絵を描くこと以外では遊びも不器用で、これといって打ち込んでやるような趣味もないのにこれだけは生きがいのように楽しく有意義に続けている。
 20年前はバブル景気も終わる頃だったか・・・私の仕事も忙しく徹夜をはさみながら納期に追われる日々が続いていた。
 仕事の依頼に東京から、奈良県の私の自宅まで編集者に来ていただくこともたびたびあり、私ごときに感激と恐縮して、気分よく仕事場にこもり製作に打ち込んだ毎日であった。
 常にハードワ-クで肩凝りや膝も痛くなっていたがこれをほぐすようなこともしていなかった。そのころ中学生だった娘と腕相撲を何回競っても負けていた。すくすく育ち陸上部で力のついた娘のことは嬉しかったが我が身の衰えはみじめで悲惨である。
 ある日のこと、制作期限が1ヶ月ほどの図鑑の仕事、もう出稿日に3日とせまっていた時、グキーと腰に激痛が走った。
 ギックリ腰というものに遭遇したのだ。整形外科で痛み止めの注射を打ち、まるで負傷した兵士がはいつくばって逃げ惑うかのように、死にものぐるいで仕事を完成させ、東京の出版社に宅急便で発送することができた。
 それからは腰をかばい、用心はしていたが長時間座り仕事を続けていると、またグキーとやられるのである。
 水泳を始めようと思ったのはこんな悲壮な体験から決意したからである。

 コーチの指導のもと、正しい泳ぎ方と体力をつける初級コースから始めた。25メートルを泳ぐと、息も上がりもう限界である。
 となりの上級コースでは、かなり年をとった老人のようだがスイスイと何百メートルでも泳いでいるのがうらやましかった。
 2年ほど続けていると、確実に向上していく感触がとても楽しくなってきた。
 一緒に泳いでいるメンバーは、職業も年齢も様々だが、バカを言い合える子供達のようになっていた。そんな水の仲間が陸でも楽しもうや、と云いだしたのである。
 お互いバカの言い合える、そして少しは賢くなる、”ヒッポポタマス会”(カバの会)と名づけて活動し始めたのだ。
 2千メートル・3千メートルの登山や、15キロ・20キロの自然ウォーク、大和路の歴史ハイキングなど数をこなし、思い出も体力もできていく、これが本当の健康であることを今自覚しているのである。

   京都の宇治川は、ツバメの渡りの途中の集結地であることが知られている。
8月上旬のこと、それを観察しようと、夕方日が落ちる前、ヒッポポタマス会は子供のようにワクワクしながら空を見上げていた。河川敷では、あっちこっちで野鳥の会らしい集団の代表者と思われる方がツバメのウンチクを語っているのが風に乗って聞こえてくる。
 いよいよ塒につく前のひとときである。
 上空から数万羽と思われるすさまじい乱舞、あたり一帯は彼らのおしゃべりで壮観を極める。これはきたるべき渡りの前奏曲なのだ。
 そしてまた、来年の春には今年巣をかけた家に彼らは必ずもどってくる。それを迎えられる環境を人間は壊してはならない。
余韻を残したまま、すっかり暗くなった壮大で美しい宇治川の夜景を後にした。