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今月のエッセイ

『「絵」は口ほどに物を言うか?』石毛洋輔



こんにちは。りかび会員の石毛と申します。

前回のエッセイ担当の際、私は学生で卒業研究の只中でしたが、現在は勤め人生活の傍ら、細々と絵を描いて暮らしています。
有難いことに、この数年で徐々に、お仕事として絵を描く機会が増えてきました。
浅学の身である私を、光栄なことに頼っていただける方が増えるにつれ、私の中の絵に対する価値観が徐々に変化しているのを感じます。
せっかくのエッセイなので、今回はこの心の動きを紐解いて、書き残しておきたいと思います。

趣味が欲しい。
学生時代、私はごくありふれた理由から人生を憂い、「趣味とかあればもっと楽しいのかな〜」などと漠然と考えていました。
絵を描き始めたのも、そんな退屈しのぎの延長でした。
何か描いている間は、マイナス思考に脳のリソースを割くまもなく、時計の針を進めることができる。
続けられた理由もその程度でした。
描くという行為自体に意味を見出していたため、絵はあくまで副産物でした。

描いた絵をSNSに垂れ流していると、反応を貰えることが増えてきました。
私の感覚を、センスを、技術を、肯定してくれる誰かがいるという事実に嬉しくなり、絵は自己肯定感のために描くものになりました。
要するに褒めてもらう為の絵なので、生み出された絵は他者に一見された時点で役目を終えていました。

この頃の絵

そして最近。
これまでは自分のために描いていたものが、絵の向こうにいる誰かに向けて描くものになりました。
私の絵は、私の手を離れてからも、誰かに情報を伝えるという役割を果たし続けるようになりました。
自分を切り貼りして作った分身に過ぎなかった絵が、独り立ちしていくような感覚です。
少々寂しい気もしますが、私の絵は、もはや私だけが幸せになるための道具ではないことを、肝に命じなければなりません。
絵に自分を託しすぎずに距離を置き、「他人からの絵に対する評価≠自分の価値」と考えるようにしています。
絵が仕事になるとは、こういうことなのかもしれませんね。
これほど便利になった現代においても、未だ様々な場面で、人の手で作られた絵が活躍しているところを見ると、つくづく、絵は言葉だなあと感じます。

自分の内面、商業的アピール、一聴(一読)では難解な情報、伝えたい情報はさまざま。
鑑賞者、読者、顧客、未来の自分、伝えたい対象者もさまざま。
しかし、情報をひと目で見て分かる形に変換して伝達するという機能は共通しています。
この理科美術協会においては、図鑑や教科書などのイラストを手がけておられる会員の皆様もたくさんいらっしゃいますが、サイエンスの世界でも、データや観測結果をわかりやすくするためのコミュニケーションツールとして、絵が用いられています。
百聞は一見にしかずといいますが、言い換えれば1枚の絵は100の言葉と同等の情報量を伝えることができるということです。

いかにして情報を伝えるか?
絵を描く上で、これは非常に悩ましい問題です。
紙や画面上にどのように情報を配置するか、どうライティングすれば効果的か。
配色は?
画材は?
絵のタッチは?
どんなに簡単な絵1枚を仕上げるにしても、考えるべきことは無数に存在します。
ターゲットや目的用途などに合わせて、これらの変数を自在に組み合わせ、観賞者が絵から受ける印象をコントロールする必要があります。
絵とはなんと難しい言語なのでしょう。

という具合で、ようやく絵の世界の深淵の入口を覗いた私ですが、実際に「伝える」という目的で絵を描くことは、なかなか面白いものです。
最近の事例だと、小学校低中学年向けの昆虫についての本の挿絵を担当させていただきましたが、科学的に矛盾がないよう注意を払いつつ、 子供がわくわくするようなファンタジーを織り交ぜる作業に苦戦しました。

柳田理科雄著「空想科学昆虫図鑑―もし虫が人間サイズだったら?―」(西東社出版)より<
br /> 画像のイラストは、長距離の渡りをする蝶のアサギマダラがもし人間サイズだったら、大陸を越えた長旅をするのではないか?というものです。
蝶が巨大化していることが伝わるかつ、比較しやすい旅客機の窓から見える巨大な蝶に驚く人間のリアクションも見せたい。
それでいて主役はあくまで蝶であり、人間は目立ちすぎないようにしたい。
というように、状況が正しく伝わるよう最新の注意を払わなくてはなりません。
ありえない絵を、違和感なく楽しんでもらいたい。
わくわくした気持ちでページをめくる体験をしてもらいたい。
絵の向こう側にいる子供たちの表情を想像しながら絵を描く日が来るなんて、そしてそれがこんなにも難しく面白いなんて、かつての私には想像し得ませんでした。

冒頭の見開き部分。虫たちが進化を重ねてきた結果、地球上で圧倒的な繁栄を極めることになったという内容を説明している。

情報をわかりやすく表示するデザインジャンルのことを最近では「インフォグラフィクス」というようですが、こちらのページではそれに近いイラストを描かせていただきました。
先程のようなシーンの状況説明のイラストと異なり、知識理解のしやすさを最優先にして、耳慣れない説明文を少しでも易しく感じられるよう努めました。
イラストを混じえてノートをまとめていた学生のころの感覚を思い出して、懐かしさを覚えました。

と、ここまで冗長に書き連ねてまいりましたが、最後に告知です。
私が挿絵を担当させていただいた児童書が発売中です。

柳田理科雄著『空想科学昆虫図鑑―もし虫が人間サイズだったら?―』(西東社出版)

「空想科学読本」や「夏休みこども科学電話相談室」でお馴染みの柳田理科雄先生と、昆虫学の権威である丸山宗利先生の超豪華タッグによる昆虫図鑑です。
虫たちの能力についてユーモアを混じえて解説されており、大人も子供も楽しめる内容となっております。
私は巻頭の見開きページ、本文中のキャラクターイラスト、アサギマダラとシロアリのページを担当させていただきました。

本屋さんでお見かけした際は是非お手に取ってみてください。
それでは。