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今月のエッセイ

『巨人の肩の上に立つ』石毛洋輔



私は今年度、大学4年生として生物学を学ぶ傍らで、生き物の絵を描き続けてきました。
今回は、私の卒業研究についてお話ししたいと思います。

私の研究テーマは、アフリカツメガエルの卵のもとになる卵母細胞で、 とある実験方法を使えるようにする、というものでした。
このたった一文で言い表せてしまう単純なことを科学的に証明するために、 まるまる1年間かかりました(実を言うと1年間でもすべては終わりませんでした)。

具体的には以下のような実験を行います。
①カエルを解剖して卵巣を採取し、成長した卵母細胞(直径1.2ミリ)だけを選んでピンセットで単離する。
②顕微鏡を覗きながら、その卵母細胞にタンパク質を注射する。
③細胞をすりつぶして抽出液を分析し、細胞の中でなにが起こっているか調べる。


アフリカツメガエルの卵母細胞。直径1.2ミリメートル。
先を尖らせたピンセットで表面を覆っている透明な膜を剥き、細胞を単離する。



実体顕微鏡下で、特殊な器具を用いて卵母細胞にタンパク質を注射する。


理論的にはこの手順を繰り返していれば、目的は達成されるはずでしたが、生き物相手の研究ではそう一筋縄ではいきませんでした。
卵はカエルの成長段階や健康状態に左右され、タンパク質の調子は大腸菌の状態に左右され、実験にかかる時間も予想ができません。
数ヶ月いろいろ試してもうまくいかなかったのに、根本のやり方を変えた途端に結果が出たこともありました。

そういった無数に不確定要素が転がる状況を、様々な角度から掘り下げて検証し、最終的に「もっともらしい」答えを追い求めるのが、生物学という 学問なのだと実感しました。
生き物を科学するということは、複雑怪奇で矛盾も例外もなんでもありな生き物のシステムの中から、一縷の法則性を見出し、 理論を構築するということです。
教科書の取るに足らない一文や小さな図1つでさえも、先人たちが検証を繰り返し、知識を積み重ね、悩みに悩んで、最も「もっともらしい」 理論をまとめあげた成果物なのです。

そういった先人たちが築き上げて来た知識の山は、しばしば「巨人」と表現されます。
私達が広い視野を持って物事を見渡すことができるのは、先人たちよりも優れているからではなく、 先人たちが着実に積み上げてきた成果の上に立っているからなのです。
束の間ではありましたが、私もその巨人の肩の上に立って、真理探求の片棒を担ぐことができたことを誇りに思います。