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今月のエッセイ

『鉄道の仕事』大西將美



昨今では機械関係の絵は CG が多くなってずいぶん経つが、時にめずらしく手描きの絵を求められることがある。
昨年 2 年ぶりに都営交通の仕事の依頼があった。
前回よりも年を重ねた分体力と能力に不安があるが、鉄道は好きな領域なので再び挑戦することにした。
描く内容は特殊車両を 3 車種で、鉄道の維持・保全のため必要不可欠な車両たち。
絵画的に描くのではなく機械部分を描き込むのが条件で、この無骨な面々は、スマートに描かなくてもよいという点で私に向いていた。

間にほかの仕事を何点か挟みながら、3 車種すべて描き終わったのは 6 か月後になった。
最初に描いたのは電気機関車 E5000 形。
取材撮影のため指定の日時に、浅草線馬込車両検修場へ赴いた。
小ぶりではあるがさすが電気機関車だけに、車体を目の前にするとどっしりとした威圧を感じる。
しかし取材に許された時間は 40 分なので感慨にふける余裕はない。(これは後の 2 車種も同じだった)

取材当日は 6 月末の晴天で気温はうなぎのぼり。
日中の屋外に停まっている鉄の塊の車体に向かって、全体を、細部を、特に足回りの機器を、それと運転席への昇り降りを繰り返して、 それこそ汗みどろの撮影を 15 分ほど遅れて終了した。
撮影後に広い検修場内を引き上げる途中で、翌日から初運行予定の新型車両 5500 形に出会えたのは幸運であった。
馬込検修場を辞して担当者と打ち合わせのためファミリーレストランへ。
冷房はかなりきいていたはずだが、なかなか汗が引かず軽く気分が悪くなったのは今思うと危険領域に入りかけていたのか。

ここでそれぞれの車両の説明を資料から引用する。

<電気機関車 E5000 形>
大江戸線の車両をけん引する日本の地下鉄では唯一の電気機関車。駆動方式が異なる浅草 線の馬込検修場へ運ぶための電気機関車。

<電気検測車>
架線の摩耗や位置などを、測定用のパンタグラフで細かく検測する。

<レール削正車>
繰り返して走行する列車によってレールの頭部が擦り減り、波状摩耗現象が発生するため定期的に削正してレールの寿命を延ばす。

灼熱の日、雨の日、地下にある SF を想像させる車両基地の計3回の取材をして心残りなことが一つある。
風邪による高熱ためレール削正車の保守作業の現場取材を断念した事である。
後日送られてきた動画を見ると、削正車のグラインダーから発する火花と粉塵と音が強烈だった。
取材に参加した若い担当者の話では、深夜から未明にかけての作業である事と構内の暑さに加えて火花の発する熱で過酷な現場の状況では、 参加しなかったのは正解ですねと、年寄りは無理をなさらずにと言う心使いか。

言葉通り、縁の下の力持ちを実感した大変な仕事だ。
取材に協力して頂いた現場の方や担当者に御礼を申し上げます。