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今月のエッセイ

『山とパイプ』スズキサトル










ボクは愛用品の道具類を紹介して行きたいと思います。
一回目はカモシカの角の自作のパイプです。

角は地元の猟師さんに頂いた物で作りました。
角輪から察すると10~12歳くらいでしょうか。
日本の煙管と西洋のパイプのマッシュアップしたようなパイプ煙管です。
角本体は熱には弱いので内側は耐熱加工を施してあります。

パイプの歴史は古くアメリカの先住民の儀式的道具から16世紀の中頃ヨーロッパに広がったと言われています。
基本的な構造は単純で器用な人なら誰でも作れると思います。
材質はブライヤー(ツツジ科の落葉潅木の根:学名ERICA ARBOREAエリカアルボリア)や メシャム(海泡石)やクレイ(陶器)などで装飾に懲り出すととても高価な工芸品になったりします。

紙タバコと違いパイプタバコの葉には燃焼剤が入っていないので火付けには少々コツが要りますが 一度、着けると40~60分はのんびり燻らせるので、葉巻に近い感覚です。
ラタキアとういう燻製された葉の種類がボクは好きです。

ボクは絵を描きに山へ登るのですが、普段行く北アルプスの山々は標高2600~3000mくらいあります。
そこを短時間で稜線まで掛け上がるので心身共にアドレナリンが放出状態です。
直ぐにでも絵を描きたいのですが身体のエンジンが掛かりっぱなしになっているので。
一度、リセットするためにパイプをゆっくり燻らしてから絵を描きます。
そうすると、穏やかな気持ちになり山の絵が集中して描けるのです。
山に入る前にも一度パイプを吸いますがそれは熊や吸血虫のブユよけに最適だったりします。
なのでパイプはボクの山行にとって無くてはならない道具のひとつです。

またボク自身、仕事柄様々な道具やその使用方法を絵に描く事が多いので 描き手自身が素材や構造を含め「その道具を扱える」ということは非常に重要な要素となってきます。

使われない道具は時代と共にあっという間に記憶からその存在が失われて行きます。
現在の禁煙時代と逆行するパイプタバコもそうかも知れません。

問題なのはその道具の使い方が気付いたら誰も分からなくなってしまうと言うことです。
ボクはこれらを技術が失われる「ロストテクノロジー」ならぬ文化が失われる「ロストカルチャー」と言っています。
絵や図面は資料として残っていて「物」は再現出来ても当時の「使い方」を誰も再現出来ない……という事になりかねません。
これは、当時は当たり前過ぎて誰も意識しないで使っている道具ほどその傾向があります。

皆さん、ボクたち日本人は、かんじき普通に履けますでしょうか?草鞋履けますでしょうか?

例えば草鞋などはその最たる物で、実際に民芸品として作られてる方はいらっしゃいますが その作り手自身も普段日常的に履く事は殆どないので、草鞋を履いて長い距離を歩くことが出来ません。

時代劇で役者さんが草鞋を履いても、それは現代の靴での歩き方なのでボクから見ると動きがとても不自然です。
本来は重心を低く保ちながら、つま先からの「抜き足差し足」の曲線的な動きが基本なのですが 現代人に多い重心が高く踵で着地して蹴るような直線的な動きが殆どです。
ただ、これも頭では理解していても普段から身体を使って訓練しなければ中々身に付くものではありません。

宣教師W・ウェストンの山案内人・猟師として知られる上條嘉門次先生。
先生の言葉で「山は猫のように 歩け。石ひとつ落とすな。」はまさに現代の登山靴ではとても無理な動きで 草鞋を履いていないと出来ない歩き方ではないでしょうか?気付いたら音も無く素早く後ろに居る感じです。

なのでボクは作り方だけではなく、道具の使い方も一緒に残していくのが一番望ましいと思っています。

ではでは!