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今月のエッセイ

2008.7.15 「フィボナッチ数列」 四本彬


作品のタイトル



 先ごろ話題になった映画「ダヴィンチコード」でも、なぞの口座番号として、ちらっと登場していたように、フィボナッチ数列は、なぞかけの便利な小道具として、いろいろな場面でよく使われている。
この数列は、1,1,2,3,5,8,13、21,34,55、・・・のように、前の2数を加えていくだけの、いたってかんたんな数列であるにもかかわらず人気を集めている最大の理由は、やはり、パルテノン神殿の縦横の比がそうなっているといわれている、有名な「黄金比」(ゴールデンナンバー)との関連によるものと思われる。
フィボナッチ数列の、連続している2数の比は、数字が大きくなるにつれて、しだいに黄金比に近づいていくのである。
フィボナッチ数が、植物に現れたもっとも驚くべき例として知られているのは、ヒマワリの実や花の配列もように見られるタネやつぼみ(小花)の列(斜列線)の本数である。
通常、ヒマワリの場合は、右向きと左向きに、21本と34本、あるいは34本と55本の組み合わせになっているが、さらに巨大な実の場合には、89本と144本に達する例も知られている。
一方デージーやマーガレットのような小さい菊の場合でも、ていねいに調べると、8本や13本の斜列線を見つけることができる。

 80年代に入って、パソコンが急速に広まって、コンピューターグラフィックスの世界に誰でも参加できるようになった。
とはいえ、当時のパソコン(PC9801)の画像メモリー(VRAM)は200kバイト足らずで、8色を使ったかんたんな線画を描くのが精一杯のことだった。
したがって、巨大メモリーを要するアプリケーションソフトを乗せることなど持っての他で、ベーシック言語で、小さなプログラムをつくって動かすのがやっとであった。
しかし、そのような不便さのおかげで、いやおうなしにプログラミングをマスターできたのだから、皮肉な話である。
コンピューターグラフィックスの最初のターゲットは、ヒマワリの渦巻き模様の再現であった。
私は、はじめ、ヒマワリの渦巻き模様は、タネが並んでいく過程で、自然にでき上がる模様であろうと、軽く考えて、類似の形をいろいろつくってみたものの、なかなかうまくいかなかった。
ところが、古い植物形態学の本を何気なく調べてみると、驚いたことに、正解の答えが、すでに記されていたのであった。それは、ヒマワリのタネが、葉序(開度)144分の55で並んでいることを示唆するものだった。
これは、つまり、タネが360度x55/144=137.5度の開き角度で順々に並んでいるということなのである。 早速プログラムにその値を入れて実行すると、みごとに34本と55本の斜列線をもつヒマワリの渦巻き模様が画面に描き出された。
この快事は、多分世界で一番乗りに違いないと、有頂天になっていたが、CG雑誌などの情報から察すると、残念ながら、ヒマワリの渦巻き模様は世界中で同時多発的につくられているらしいことがわかった。
ヒマワリの斜列線には、55本と89本のタイプのほかに、変則的な47本と76本のタイプがあることを、私は知っていたので、勢いに乗って、この変則のタイプも解き明かしてみようと考えた。
フィボナッチ数列のいとこ筋にあたる、リュカ数列というものがあって、それは、1,3,4,7,11,18,29,47、76、・・・という数列なのである。
この数列には、47と76という数字が含まれているので、これが変則のタイプに関係があることはすぐに類推できる。
多少のハードルを乗り越えて、これも解明することができたので、今度こそ世界で一番乗りだったと自負してはいるのであるが、こちらの方は情報そのものがほとんど現れないので、成否の確かめようがなく、未確認のままになっている。

 ヒマワリの渦巻き模様のなぞは解き明かすことができたわけであるが、また新たな疑問がわいてきた。
「ヒマワリのタネは、なぜ137.5度の角度間隔で並んでいるのか」という疑問である。
つきつめると、結局、ヒマワリの葉は、なぜそのような間隔で並んでいるのかということに行き着くのである。
植物の葉が茎のまわりに並ぶ規則のことを葉序(ようじょ)という。
したがって、この疑問は、葉序はどのようにつくられるのかということになるわけである。
調べてみると、これも植物学上の一大難問とされて、100年以上にわたって、研究されてきたテーマであることを知った。
空間説や、反発説などを経て、現在(80年代当時)は、抑制物質の拡散にもとづく拡散説が有力になっていることがわかった。
そこで、抑制物質の拡散領域を、パソコンの画面に表して、時間の変化に応じて、どのように葉が並ぶかシミュレーションすることを思いついた。
その当時、抑制物質の濃度分布は、中心からまわりに、距離に反比例して減少していくような曲線で表されていた。
一方、濃度分布が、ある点で急に減少して、その先は濃度がゼロであるようなケースもありうるわけである。
これらの曲線について、それぞれシミュレーションしてみると、前者の場合は、らせん葉序がつくられるのに対して、後者の場合は、対生葉序がつくられることがわかった。
らせん葉序というのは、茎のまわりに、らせん階段のように葉がつく植物で、ヒマワリなど、大多数の植物がこのタイプなのである。
一方、対生葉序は、葉が茎の両側に向かい合うようにつく植物で、これも、アジサイなど、多くの植物で見られるタイプである。
しかし、植物は、これら二つのタイプだけではなく、両者の中間に属するタイプや、変わったタイプなどがあるので、葉序モデルとしては、これら二つのタイプだけに対応しているだけでは、まったく不十分なのである。
そこで、両者の、中間のタイプの濃度曲線を使えば、それらの要素の数値を変えることによって、いろいろなタイプの葉序がつくられるのではないかと考えた。
勢力比と拡散比と名づけた二つの変数の値をいろいろ変えて実行すると、実在するほとんどの葉序に対応する葉序がつくられることがわかった。
この結果を論文にまとめて、理論生物学雑誌という英文の論文誌に投稿したところ、幸いにも一発で採用された。
ただし、論文執筆に不慣れだったことと、英文がまずかったために、印刷にこぎつけるまで2年近くを要した難産になってしまったのであった。